昼下がり
「何をかせん……と。よし!」
良い出来だ。最近の中では群を抜いて良い。あまり悩むこともなく感じたことをそのまま書けた。早速誰かに見せたいところだが、友人達は皆宿直など用が入っているようなことを言っていたので、呼びつけることも押し掛けることも出来ない。となると私の相手が出来るのは。
「宣来子ー!どこにいる、宣来子ー!」
紅梅の書斎から出て白梅に向かって呼ぶが待てど暮らせど返事もなければこちらへ来る気配もない。いつもなら「はいはい」とすぐに来るというのに。
今日はどこかへ出るとは言っていなかったはずだ。出かけているにしても私に何も言わず出て行くことなど有り得ない。
名を呼びながら簀子を歩いていると、廂から見慣れた髪が零れているのが見えた。
「何だ、いるんじゃないか」
鼻を鳴らし、部屋へ入ってみると、珍しいことに宣来子は寝ていた。
縫いかけの袿を膝に置き、柱に凭れて気持ちよさそうに寝息を立てている。宣来子が昼寝など。昨夜遅くまで起きていただろうか。昨日はさっさと床に入ったから覚えがない。しかし確かに宣来子とは一緒に床に就かなかったなと思い出す。
今日は陽気も良いし、夜なべでもしたならうたた寝も仕方ないか…などと考えつつ宣来子の前に腰を下ろす。すると当然顔が向かい合う。
「………」
普段はあまり気に留めないが、宣来子は整った顔立ちをしている。髪も全くの黒髪というわけではないが、この色合いは嫌いではない。
元々行き遅れ気味だった者同士が廊下のよしみでくっつけられただけの結婚だったが、宣来子はともかく、私は宣来子で良かったと心底思っている。忠臣の娘ということもあって並の男より賢いし、家のこともそつなくこなせるし、子も産んでくれた。少々口うるさいところもあるが、多分ああいうのも私には必要なのだろう。宣来子のおかげで律せられ、支えられている面は大きい。そんな宣来子に、私は何か出来ているだろうか。家のことも子のことも全て任せきりで、こうして疲れて眠っている妻に、何か。
「………いつもすまんな、宣来子」
脱いだ袍を肩に掛けてやりながら小さく言うと、宣来子が微笑んだ気がした。
そのまま眠る妻を眺めていたら、いつの間にやら日が暮れてきていた。
「おい。起きろ、体を冷やすぞ」
体を揺すりながら声を掛ければ、ややあって宣来子が目を醒ました。
「ん……あれ、私……」
「うたた寝しておったぞ。昨夜遅かったのか」
「ええまぁ。やることが色々ありまして」
そう言い、口に手を当てて欠伸をする。
「そうか、あまり無理をするなよ」
「あら珍しい。道真がそのようなことを言うなんて。何か悪いものでも食べましたか」
「お前も同じものを食べているだろう」
「そうでしたね」
クスリと笑って庭に目をやり、宣来子はまぁと声を上げた。
「もうこんな刻限ですか。少々眠りすぎました。 道真も起こしてくれれば良かったのに」
「疲れておったんだろう?起こすのは気が引けた」
「いつもは用があれば容赦なく起こしますのにねぇ」
「そんなことはない」
私が言い返しても宣来子はクスクスと笑うだけだった。
「ところで道真、袍はどうしました?随分と薄着ではないですか」
「袍ならお前の肩に掛かっている。起きたしもう要らんだろう、返してくれ」
「あら本当。ありがとうございました、お返しします。 でも本当に如何しました?どこかに頭でもぶつけましたか?」
「煩い。今度お前が居眠りしていたら冬でもそのままにするからな」
袍を羽織りながら立ち上がる。そのまま書斎へ戻ろうとした私を、宣来子が呼び止めた。
「それで……道真は何か用があって来たのではなかったのですか」
淡々と私を見上げて来る妻の顔をじっと見た後。
「……忘れた」
私はそう答え、今度こそ部屋を出た。