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​天神社の神使が牛である理由

天神社と言えば牛である。そこそこの規模を持つ神社であれば、撫牛と言って撫でた場所が良くなる(祭神が菅公であるため、大体の参拝者は皆それに肖ろうと頭を撫でる)、びんずる尊者と似たような役割を果たす牛の像が設置されているものである。

では何故、天神社の神使は牛となのか。

この答えは非常に多岐に渡っており、この質問が番組で何気なく出た場合、案内をしている神職さんは皆尺の関係上「いくつかありますが……」と前置きした上で、その中の一つ二つを答えるのが最早お決まりとなっている。

 

本記事はその理由を収集し、書き連ねていくものである。

 

・道真が丑年生まれ

・道真が丑の刻生まれ

 

・道真が牛に乗って大宰府へ下ったから

 

・道真が丑の日に死んだ

・道真が丑年に死んだ

・道真が、自分の遺体を運ぶ牛が止まった場所に墓を作れと言ったから

 

・道真が牛好きだったから(非常に愛護していた)

・道真が牛を可愛がっていたから

・道真が牛に助けられたから(牛が刺客から道真を守った/牛に教えられて危難を免れた)

・道真が牛の絵を描いて祀っていたから

・道真が牛の奇夢を見たから

 

・北野の辺りに運送業の座があったから(牛車:うしぐるま で荷物運んでたから)

 

・大自在天(ヒンドゥー教のシヴァ神が仏教に取り込まれたもの。牛に乗った姿)に、天神が習合したから(天満大自在天神)

※シヴァ神はヒンドゥー教のトップ3の神。牛を食べない=牛を聖なる動物としている。だからシヴァ神も牛に乗っている。

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